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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)117号 判決

原告 中国パール販売株式会社

右代表者代表取締役 三宅輝義

右訴訟代理人弁理士 竹内三郎

被告 株式会社 ダイケイ

右代表者代表取締役 油谷勁二

右訴訟代理人弁理士 藤本昇

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六一年審判第二四八五七号事件について、平成二年二月二三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「外周に海苔を巻装し内部に米飯加工食品を収納した中袋の取り出し方法」とする特許第一三四七六八七号発明(昭和五七年三月二六日特許出願、昭和五九年一〇月九日特許出願公告、昭和六一年一一月一三日特許権設定登録。以下、「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、昭和六一年一二月二四日、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、昭和六一年審判第二四八五七号事件として審理された結果、平成二年二月二三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年四月二五日原告に送達された。

二  本件発明の要旨(別紙図面一参照)

内部に米飯加工食品が収納され、外周に海苔16を巻装した中袋8を、外袋1内に挿入し、挿入後、中袋8の先端部18を外袋1の先端部5から引き取り出す方法において、

前記中袋8を挿入した際、該中袋8の先端部18が外袋1の先端部5から裸出しないように、上面開口型の外袋1の先端部5を有底状に形成し、かつ、該先端部5には切断又は分断可能な手段を設け、

飲食時における前記外袋1に挿入した中袋8の引き抜き時に、前記切断手段にて外袋1の先端部5を切断して、又は、分断手段にて先端部5を分断して、外袋1の先端部5を開口した後、又は、外袋1の先端部5の開口と同時に、中袋8の先端部18を引き抜くことにより、中袋8を外袋1から取り出すこと

を特徴とする、外周に海苔を巻装し内部に米飯加工食品を収納した中袋の取り出し方法

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  請求人(以下、「原告」という。)は、本件発明の特許無効事由を、左記のとおり主張した。

① 本件発明は、昭和五七年実用新案登録出願公告第一〇五四二号公報(以下、「引用例1」という。)、アメリカ合衆国特許第二〇九九四一二号明細書(以下、「引用例2」という。)、昭和五六年実用新案登録出願公開第一三一三五三号公報及び昭和五五年実用新案登録出願第三〇八一五号願書添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下、「引用例3」という。)、並びに、五三年実用新案登録出願公開第一四三八八〇号公報及び昭和五二年実用新案登録出願第四九六三七号願書添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下、「引用例4」という。)に記載されている技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。それゆえ、本件発明の特許は、特許法第二九条の規定に違反してなされたものであるから、同法第一二三条第一項第一号の規定により、無効にされるべきである。

② 本件発明は産業上の利用性に欠けるものであって、本件発明の特許は、特許法第二九条第一項柱書の規定に違反してなされたものであるから、同法第一二三条第一項第一号の規定により、無効にされるべきである。

3  無効事由①について

a 引用例1には、先端に切除部を有する逆錐形状の袋本体と、右袋本体と同形の中袋を設け、この中袋に米飯を収納すると共に、外周に海苔を巻装して袋本体に挿入し、中袋を袋本体の切除部から引き抜けるようにした、包装兼備の海苔巻握飯製造具が記載されている(別紙図面二参照)。

引用例2には、内外二重の容器から成り、二等辺三角形の外側容器の頂点付近には切取り線が配置され、右切取り線に沿って外側容器の頂点を切り離すことによって、外側容器内に挿入した内側容器の頂点を露出し、内側容器内のホイップクリーム等の塑性物質を投与可能に構成した塑性物質の投与用容器が記載されている(別紙図面三参照)。

引用例3には、下方の先端に円形状の切欠部、上方に蓋部を設けた三角形状の外袋と、右外袋内に挿入する三角形状の内袋と、外袋の切欠部を被覆すると共に内袋の突出部に糊付けされたキャップから成り、キャップを内袋と一緒に引張ることによって、外袋の切欠部から内袋を引き抜けるようにした、調理麺類の押出し容器が記載されている(別紙図面三参照)。

引用例4には、袋口の両端部に当片を形成した防湿袋内に海苔を収納し、袋口に臨む端部に寿司飯を載せてそのまま巻状に捲回し、寿司飯の両端部を前記当片でカバーした、簀巻状寿司が記載されている(別紙図面四参照)。

b 本件発明と引用例1記載の海苔巻握飯製造具を対比すると、両者は、

「内部に米飯加工食品が収納され外周に海苔を巻装した中袋を、外袋内に挿入し、挿入袋、中袋の先端部を外袋の先端部から引き抜くことにより中袋から外袋を取り出し、海苔を米飯加工食品に巻装する」

点において一致する。しかしながら、両者は、

本件発明の外袋が「先端部を有底状に形成され、かつ、切断あるいは分断可能な手段を設けられた袋」であるのに対して、

引用例1記載の外袋は「先端部に中袋取出し用の切除部が形成された袋」である点において相違する。

c 右相違点について検討するに、引用例2には、「先端部を有底状に形成され、かつ、切断あるいは分断可能な手段を設けた、上面開口型の外袋」が記載されているが、この外袋の切断手段あるいは分断手段は、中袋内に充填された塑性物質を絞り出す開口部を形成するためのものであって、本件発明のように外袋から中袋を取り出すためのものではない。のみならず、中袋内には、ホイップクリーム等の塑性物質が直接収納されているから、「使用時に、塑性物質を外袋内に残し、中袋のみを取り出すこと」は不可能であり、もともと考慮外の事項である。したがって、引用例2記載の技術的事項に基づいて、前記相違点に係る本件発明の構成に想到することは、当業者といえども容易であったとはいえない。

また、引用例3には、「外袋の切除部から、石切除部を被覆するキャップと共に内袋を取り出すこと」が記載されている。しかしながら、右外袋の先端部は切り欠かれており有底状ではないから、まず内袋を、外装の切欠部から内袋の先端が突出するように外袋に挿入し、次いで内袋の突出部にキャップを糊付けすることによって、外袋の先端切欠部をキャップで被覆するものである。すなわち、外袋とキャップは元来別体であり、かつ、キャップの装着後も両者は接合されるわけではないから、「先端部が有底状に形成され、かつ、切断又は分断可能な手段を設けられた本件発明の外袋」とは、構成が相違する。のみならず、引用例3の外袋の先端突出部を覆うキャップは、内袋の先端突出部及び外袋の切欠部を覆うことによりこれらを保護するものではあるが、内袋と外袋の間には何も収納されていないのであるから、本件発明の外袋のように、「内袋によって内袋内部の収納物(米飯加工食品)と隔離されている内袋外周の収納物(海苔)を保護するためのもの」ではない。要するに、引用例3記載の発明においては、そのような技術的課題は考慮外であるから、引用例3記載の技術的事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成に想到することは、当業者といえども容易でなかったというべきである。

なお、引用例4には、「簀巻状寿司の両側面を当片によってカバーすること」が記載されており、外周に海苔を巻装し内部に米飯加工食品を収納した食品の包装体の、海苔を保護するとの思想においては、本件発明と共通する点がないとはいえない。しかしながら、引用例4記載の考案は、中外二重の袋を有しておらず、まして、外袋から中袋を引き出すものではないから、具体的な構成において本件発明と全く相違する。それゆえ、引用例4記載の技術的事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成に想到することは、当業者といえども容易でなかったというべきである。

4 そして、本件発明は、前記の相違点に係る構成を採用したことによって、「飲食時にのみ外袋先端部は始めて開口されるため、飲食時前の包装状態においては、海苔が湿気づいたりあるいはゴミ等が海苔に侵入付着することも一切なくなり、極めて衛生的且つ海苔の湿気防止が確実となる。また海苔が従来のように切除部から裸出するようなおそれも一切なくなる。」など、明細書記載の格別な作用効果を奏するのである。

e したがって、本件発明は、引用例1ないし引用例4記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件発明の特許は、特許法第二九条の規定に違反してなされたものではない。

4  取消事由②について

原告は、本件発明は「中袋の取出し方法」であるが、そのような「方法」は、購入した最終需要者が行う行為であって、コンビニエンスストア等が実施することはあり得ず、したがって本件発明は産業上利用されるものではないと主張する。

しかしながら、本件発明は、内部に米飯加工食品を収納し外周に海苔を巻装した中袋を外袋内に挿入し、挿入後、有底状の外袋の先端部を開口して中袋の先端部を引き抜くことによって、中袋を外袋から取り出す一連の方法であるから、産業上利用し得ることは明白である。

付言するに、原告は、本件発明を実施するのは購入した最終需要者であることを強調して、本件発明が産業上利用されるものでない旨を主張するのであるが、当業者の技術常識をもってしても、前述した一連の方法から成る本件発明を実施するのが、購入した最終需要者のみに限定されるとはいえない(現に、本件明細書には、本件発明を実施し得るのは最終需要者に限定されるとは記載されていない。)。それゆえ、原告の右主張も、本件発明は産業上利用し得るものであるとする前記判断を左右するものではない。

したがって、本件発明は、特許法第二九条第一項柱書の規定に違反してなされたものではない。

5  以上のとおりであるから、原告が主張した無効事由及びその提出した証拠によっては、本件発明の特許を無効にすることはできない。

四  審決の取消事由

審決は、本件発明を産業上利用することができるものと誤解し、かつ、引用例2ないし引用例4記載の技術内容を正解しなかった結果、原告の特許無効審判請求を誤って退けたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  特許法第二九条第一項柱書き違反の主張

本件発明は、その特許請求の範囲から明らかなとおり「飲食時における」中袋の取出し方法(すなわち、加工食品を購入した需要者のみが行う方法)に関するものであって、そのような需要者のみが行う方法を産業上利用することは、到底考えられない。

しかるに、審決は、「本件発明を実施するのが、購入した最終需要者のみに限定されるとはいえない」と説示するのみで、その論拠を何ら示していないから、審決の右判断は合理的根拠を欠くものである。

2  特許法第二九条第二項違反の主張

① 引用例2記載の技術内容について

引用例2には、相違点に係る本件発明の構成(先端部を有底状に形成し、かつ、先端部に切断又は分断可能な手段を設けた、外袋)が示されている。すなわち、

引用例2記載の「外側容器10」は、先端部が有底状に形成されている。また、右外側容器10には「切取り線24」、すなわち切断又は分断可能な手段が設けられている。それゆえ、引用例1記載の袋本体1の先端部を有底状に形成し、かつ、切断又は分断可能な手段を設けることは、当業者ならば容易に想到し得た事項である。

この点について、審決は「引用例2記載の発明においては、外袋から中袋のみを取り出すことは不可能である」と説示する。しかしながら、「外袋から中袋のみを取り出すこと」は、既に引用例1に示されており、引用例2から引用されるべき技術的事項は、「外袋の先端部を有底状に形成し、かつ、右先端部に切断又は分断可能な手段を設ける構成」のみである。そして、本件発明と引用例2記載の発明は、「加工食品を収納する二重袋」の改良である点において技術分野が共通するから、審決指摘の点は、引用例2記載の技術的事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を予測することの妨げにはなり得ない。

② 引用例3記載の技術内容について

引用例3には、相違点に係る本件発明の構成(先端部を有底状に形成し、かつ、切断又は分断可能な手段を設けた、外袋)が示されている。すなわち、

引用例3記載の「キャップ5」は、外袋1の先端部の切欠部2を、底を設けたように塞ぐものである(本件発明が要旨とする「有底状」は、底部分が外袋と一体であるものに限定されていない。)。また、引用例3記載の「内袋4、キャップ5」は、外袋1から分断して、外袋1の先端部を開口する手段に他ならない。それゆえ、引用例1記載の袋本体1の先端部を有底状に形成し、かつ、切断又は分断可能な手段を設けることは、当業者ならば容易に想到し得た事項である。

この点について、審決は「引用例3記載の考案は、内袋によって内袋内部の収納物と隔離されている内袋外周の収納物を保護するためのものではない」と説示するが、そのような課題は、既に引用例1に示されているのであるから、右の点は、引用例3記載の技術的事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を予測することの妨げにはなり得ない。

③ 作用効果の判断について

審決は、本件発明が奏する作用効果の顕著性を肯認している。

しかしながら、引用例4には、「寿司の両端もカバーされるので寿司を衛生的に維持することができるのみならずのりの防湿に一層役立つ。」と記載されているから(明細書第二頁第一七行ないし第一九行)、海苔と米飯加工食品の包装において、開口部を塞ぐことによって衛生を保つと共に海苔の湿気を防止することは、公知の事項である。なお、各引用例に記載されている外袋の先端部を有底状に塞ぐ構成、あるいは、開口部を塞ぐ構成を採用すれば、海苔が裸出しないことは自明の事項にすぎない。それゆえ、本件発明が奏する作用効果は格別頭著なものではない。

第三請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告主張の違法はない。

1  特許法第二九条第一項柱書き違反の主張について

特許法第二九条第一項柱書きは、単に学問的あるいは実験的にのみ用いられる発明には特許を与えない、との消極的要件を定める規定と解すべきである。そうすると、食品業界において現に大々的に利用されている本件発明を、「産業上利用することができない」という原告の主張は、常識に反するものである。

2  特許法第二九条第二項違反の主張について

① 引用例2記載の技術内容

引用例2記載の発明は、塑性食品を絞り出す容器において、口金から塑性食品が流出しないように口金部を閉塞しておき、使用時に口金を開口することを技術的思想の核心とするものである。それゆえ、引用例2記載の発明は、本件発明とは技術的課題、構成及び作用効果を異にする、全く無縁の技術的思想である。

したがって、「相違点に係る本件発明の構成が引用例2に示されている」という原告の主張は、失当である。

② 引用例3記載の技術内容

引用例3記載の考案は、調理麺類を収納し、押し出しながら食べるための容器に関するものである。それゆえ、引用例3記載の発明は、本件発明とは技術的課題、構成及び作用効果を異にする、全く無縁の技術的思想である。

のみならず、引用例3記載の外袋1の先端部には「切欠部2」が設けられているのであって、本件発明の外袋1の先端部のように有底状には形成されていないし、切断又は分断可能な手段も設けられていない(引用例3記載の「内袋4、キャップ5」は、外袋1の先端部とは別個の部材であって、外袋1自体の構成とはいえない。)。

したがって、「相違点に係る本件発明の構成が引用例3に示されている」という原告の主張は、失当である。

③ 作用効果の判断

本件発明と引用例4記載の考案は、構成において全く相違する。それゆえ、引用例4を援用して「本件発明が奏する作用効果は格別顕著なものではない」という原告の主張は、失当である。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1  《証拠省略》(特許出願公告公報。以下、「本件公報」という。)によれば、本件発明は左記のような技術的課題(目的)、構成及び作用効果を有するものと認められる(別紙図面一参照)。

(一)  技術的課題(目的)

本件発明は、内部に米飯加工食品を収納し外周に海苔を巻装した中袋を、外袋に挿入しておき、飯食時に中袋を外袋から引き抜くことによって、外周に海苔が巻装された米飯加工食品を外袋から取り出して食することができるような、中袋の取出し方法に関する(第一欄第三四行ないし第二欄第三行)。

この分野においては、引用例1記載の考案等が従来技術であるが、外袋の先端を切除して無底開口状態にし、中袋をその先端が外袋の先端切除部から裸出するように挿入し、飲食時に外袋の先端切除部から裸出した中袋の先端を引き抜いて米飯加工食品に海苔を巻装する構成のため、中袋の先端を外袋の先端切除部から正確に裸出させることが困難である。中袋の外周に巻装した海苔が外袋の先端切除部から裸出するので湿気を帯びるのみならず不衛生である、これを避けるために外袋の先端切除部を小さくすると中袋の引抜きが困難となるなど、致命的な欠点があった(第二欄第四行ないし第三欄第九行)。

本件発明の課題は、従来技術の欠点を除去した、中袋の取出し方法を創案することに存する(第三欄第一〇行ないし第一九行)。

(二)  構成

右課題を解決するために、本件発明は、その要旨とする構成を採用したものである(第一欄第一七ないし第三二行)。

別紙図面一はその一実施例を示すものであって、第1図は軟質の合成樹脂フィルムから成る透明な外袋1を示し、4は封緘片、5は外袋1の有底状の先端部、6は引きちぎり片、7はミシン目である。第2図は、軟質の合成樹脂フィルムから成る半透明な中袋8を示す(多数の中袋8を吊杆12に吊り下げ、一枚ずつ引きちぎって使用する。第四欄第二〇行ないし第三八行)。

中袋8を外袋1に挿入するには、中袋8内にエアを吹き込んで第3図に示す上面開口部14から米飯加工食品15を収納し封緘片11を折り曲げて密封し、海苔16を中袋8の外周に巻装した後、中袋8を、その先端部18が外袋1の先端側に挿入するように外袋1の上面開口部17から挿入し、外袋1の封緘片4を折り曲げてラベル19を貼着すれば、米飯加工食品15と海苔16が中袋8を介して隔離された状態で外袋1に収納されることになる(第四欄第三九行ないし第五欄第九行)。

飲食時には、第4図に示すように、外袋1の先端部にミシン目7を介して形成された引きちぎり片6を、中袋8の先端部18と共に摘みながら引きちぎれば、外袋1の先端部が開口すると同時に中袋8も引き抜かれ、外袋1には外周に海苔16を巻装された米飯加工食品15のみが残るので、これを外袋1の上面開口部17から取り出せばよい(第五欄第一五行ないし第二五行)。

(三)  作用効果

本件発明によれば、中袋の挿入作業が著しく簡易となり自動挿入も可能である、飲食時までは海苔の湿気が防止され衛生も保たれる、中袋の引出しが著しくスムーズである、外袋先端部の開口が非常に簡易である、外袋の製作が容易であるなどの利点がもたらされるので、その実用的効果は大きい。

2  そうすると、本件発明は、外周に海苔が巻装された米飯加工食品を対象とし、海苔が特に湿気を嫌うこと、及び、食品の衛生を維持することが肝要であることに基づき、食する直前まで、海苔と米飯加工食品を隔離して海苔が湿気を帯びることを防止し、かつ、食品全体を密封状態に保持しておき、食する際に、右隔離手段をより簡便に取り除くことを技術的課題とするものであることが明らかである。

3  特許法第二九条第一項柱書き違反の主張について

原告は、「本件発明は、加工食品を購入した需要者のみが行う方法に関するものであって、そのような方法を産業上利用することは、到底考えられない」と主張する。

たしかに、前記認定によれば、本件公報の「特許請求の範囲」には、「飲食時における前記外袋1に挿入した中袋8の引き抜き時に」、及び、「中袋の取り出し方法」と記載されており、本件発明は外周に海苔が巻装された米飯加工食品を購入した需要者が飲食に際して行う方法に関するものであるかのように理解されなくはない。したがって、本件発明の「特許請求の範囲」の記載のみによれば、「本件発明は産業上利用し得ない発明である」という原告の主張も、あながち理由がないとはいえない。

しかしながら、公報の「特許請求の範囲」に記載されている技術内容をより明確に理解するために、その裏付けをなす「発明の詳細な説明」及び「図面」の記載を参照することは、もとより許されることである。そして、本件公報の「発明の詳細な説明」及び「図面」の前記記載に徴すれば、本件公報には、外周に海苔が巻装された米飯加工食品を購入した需要者がこれを現実に食する際に「特許請求の範囲」に記載されているような中袋の取出しが可能となるような「外周に海苔が巻装された米飯加工食品の構造」、あるいは「外周に海苔が巻装された米飯加工食品の製造方法」が明確に開示されていることは明らかである。

それゆえ、本件発明の要旨を前記のような「海苔を巻装した米飯加工食品の構造」、あるいは「海苔を巻装した米飯加工食品の製造方法」と読み替えて理解することは許されてしかるべきであり、そのような技術的思想が産業上利用しうることはいうまでもないから、本件公報の「特許請求の範囲」の記載のみを捉えて本件発明の特許無効をいう原告の主張は、採用すべきではないと考える。

4  特許法第二九条第二項違反の主張について

原告は、「相違点に係る本件発明の構成は、引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項から容易に予測し得た」と主張する。

しかしながら、成立に争いない甲第四号証(アメリカ合衆国特許明細書)によれば、引用例2記載の発明は塑性物質の「投与用容器」に関し、乳製品製造所において製造されたホイップクリーム等を詰めて流通に供し得るような、小さく便利な容器の創案を技術的課題とするものである(第一頁左欄第二四行以下)。また、成立に争いない甲第五号証の二(明細書)によれば、引用例3記載の考案は「調理麺類の押出容器」に関し、調理された麺類を簡便に携帯し、随時随所で食し得るような容器の創案を技術的課題とするものである(第二頁第七行ないし第一〇行)。

要するに、引用例2記載の発明、及び、引用例3記載の考案は、いずれも、本件発明の前記技術的課題(すなわち、湿気を嫌う海苔を対象とし、食する直前まで、海苔と米飯加工食品を隔離して海苔が湿気を帯びることを防止し、かつ、食品全体を密封状態に保持しておき、食する際に、右隔離手段をより簡便に取り除くこと)とは、全く無縁の技術的思想であることは明らかである。この点について、原告は、「本件発明と引用例2記載の発明は、「加工食品を収納する二重袋」の改良である点において、技術分野が共通する」と主張する。しかしながら、同じく「加工食品を収納する二重袋」であっても、収納すべき加工食品の性状によって二重袋の構造に関し解決すべき技術的課題が異なることは当然であるから、「加工食品を収納する二重袋」というような概括的な意味において「本件発明と引用例2記載の発明(あるいは引用例3記載の考案)が同一の技術分野に属する」とする原告の考え方は、本件発明の進歩性の存否の判断に当たっては基礎とすることができない。

もっとも、前掲甲第四号証あるいは第五号証の二を精査すると、原告がるる主張するように、引用例2あるいは引用例3に、相違点に係る本件発明の構成と部分的には近似する技術的事項が記載されているといえなくはない。けれども、本件発明と引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項が技術的課題を全く異にすることは右のとおりである以上、引用例2あるいは引用例3記載の技術的事項を引用例1記載の考案と組み合わせることは、当業者といえども必ずしも容易であったとは考えられないから、右組合わせには創作性を認めるのが相当である。

したがって、「本件発明は公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、その特許は特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたものである」とする原告の主張も、採用することができない。

5  以上のとおりであるから、本件発明が奏する作用効果の予測性を論ずるまでもなく、本件発明の特許を無効にすることについてなされた原告の審判請求を退けた審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような違法はない。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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